生物医薬及び化学分野における特許権利化の実務において、特許法第26条第4項(「特許請求の範囲は明細書に基づくものでなければならない」)は、拒絶理由通知書において最も頻繁に指摘され、かつ最も対応が困難な拒絶理由の一つとなっている。

機械や電気など「予測可能性」の高い分野とは異なり、生化学分野は典型的な「実験科学」に属する。生命システムや化学反応の高度な複雑性と予測不可能性のため、審査官は特許請求の範囲の概括的な範囲に対して、より慎重、時に厳格ともいえる態度で臨む傾向にある。

1.審査官の核心的論理:「合理的な予測」の欠如生化学分野の「サポート要件」問題に対して、審査官の審査論理は通常以下の基準に基づいている。

「出願書類に開示の限られた実験データに基づいて、当業者が、実施例で検証された具体的な技術案以外に、特許請求の範囲に概括的に記載されたその他の技術的解決手段によっても、同一の技術的課題を解決し、所期の技術的効果を達成し得ると合理的に予測することが困難であるか否か」。

換言すれば、特許請求の範囲が、実験により検証されていない多数の態様を包含しており、かつ、それらの態様が全て有効に機能すると当業者が確信し得ない場合、当該特許請求の範囲は「明細書のサポートを欠く」ものと判断されることになる。

2.対応方針:「周知技術+実験データ」の証拠連鎖の構築このような拒絶理由に対して、むやみに反論しても効果は薄い場合が多い。出願人は、発明の構想を正確に把握し、技術的貢献を明確にした上で、応答戦略を策定する必要がある。

核心となる応答論理は、以下の2点を中心に展開するほうがよいと思う。

1)技術的原理の普遍性:当該分野の周知技術及び技術的原理と組み合わせ、特許請求の範囲内の技術案が原理的に一貫性を有することを論証する。

2)明細書に記載された実施例が、当業者がより広い範囲について合理的に推測できるだけの十分な代表性を有していることを証明する。

3.事例分析:抗体配列バリアントの限定抗体特許を例にとると、出願人は相同性による限定により広い保護範囲を得ようとすることが多く、例えば以下のように請求項を作成する。

「SEQ ID NO:1と少なくとも95%(または99%)の相同性を有する重鎖可変領域を含む抗体……」しかし、明細書にSEQ ID NO:1という単一の特定配列しか記載されていない場合、または僅かなバリアントしかない場合、このような請求項は拒絶されやすいものとする。

1)審査官の論点審査官は一般的に、抗体の相補性決定領域(CDR) は配列の変化に対して極めて敏感であると考える。 CDR領域は抗原結合の特異性を決定づけるものであり、仮に99%の相同性(すなわち1~3個のアミノ酸の差異が存在する可能性)であっても、その変異がCDR 領域で生じた場合、抗体が失活するか、または親和性が急激に低下する可能性が極めて高い。そのため、「可変領域全体で90%以上の相同性」という形での包括的な限定は、一般的に「CDR領域の変異」を含む無効な態様を包含し、サポート要件を欠くと判断される。

2)フレームワーク領域(FR)の突破口これに対し、審査官はフレームワーク領域(FR)の相同性による限定に対しては、比較的寛容な傾向がある。すなわち、6つのCDR配列が正しく配置され、FR領域が必要な空間構造を維持できる限り、抗体の機能は通常維持されるとの認識が、審査官の間で一般的に共有されている。

3)具体的な応答戦略ある具体例において、請求項に係る抗体は6つのCDR 配列及びFR配列を明確に限定しなければ、抗原結合機能を確保できないと審査官に指摘された。

これに対して、「核心を固め、適度に柔軟性を持たせる」という補正戦略を採用した。

・CDRの固定:6つのCDR領域のアミノ酸配列を具体的に限定し、核心的な結合領域に変異が生じないことを確保する。

・FRの柔軟化:FR領域については、直接的に完全長配列に限定せず、明細書の実施例データと「保存的アミノ酸置換」の周知常識に基づき、FR領域内の特定の数個のアミノ酸部位を「2つまたは3つの選択可能なアミノ酸残基」に限定した。

4)結果上記の限定を行い、かつ「保存的置換はタンパク質の機能を変化させない」という法理に基づく主張と組み合わせることで、審査官は最終的にこの補正案が明細書のサポートを得ていることを認めた。

4.結び以上をまとめると、抗体等の生化学分野における「サポート要件」の問題に対処する際には、以下の原則に従うほうがよいと思う。

1)CDR配列の確実性を優先して確保すること。これが抗体機能の基盤である。

2)FR領域における概括の余地を探り、実施例のデータを活用して、限られた数の部位に対して「保存的置換」による限定を行う。単に配列全体の相同性パーセンテージを漠然と追求するのではない。

このような戦略は、特許請求の範囲を特定の単一実施例に不当に限定してしまうことを回避し、出願人の創造的労働を保護する。また、明らかに実現不可能な「過度な概括」を含む態様を排除するものであり、特許法における「公開と引き換えに保護を受ける」という利益衡量の原則を具現化する。